三流自動車評論家気取りのクズレ

今日はクルマ的時事ネタをひとつ(ちょっと前のニュースだけど)。

クルマ好きとして見逃せなかったのは、フェラーリやランボルギーニなど14台が巻き込まれた多重事故。

先頭のフェラーリが車線変更しようとしてスリップし、そこへ後続車が続々と衝突・・・

乗ってるクルマは一流でも、乗ってた人間が三流だった・・・ってコトです。

結局、フェラーリだとかポルシェだとかっていうクルマは、ヨーロッパの金持ちが、だだっ広く平坦なヨーロッパを走らせるためのクルマなんです。日本のような狭い土地では高速道路だってけっこう曲がっているし勾配も多い。

昔、CATVのスポーツ専門chで、ランボルギーニ・カウンタックのワンメイクレースってのをやっていた。完全に富裕層の道楽である。自分が所有するスーパーカーを、プロドライバーを雇って走らせたり、あるいは自分で操ったりと、とにかく「クルマは走ってナンボ!」という道楽。

日本のクルマ社会にスーパーカーは不適合。ただの迷惑。偉そうな顔したいだけの成金の悪趣味にしか見えない。

だって、日本のクルマ社会自体が三流だからネ・・・

「ディーゼル=排ガスが汚い」
「ターボ=燃費が悪い」

というのが、現在の日本の常識になっている。

しかし、

「整備さえしていればディーゼルは環境に優しい」
「ターボで出力を補えば小排気量で低燃費に出来る」

というのが、ヨーロッパ業界の考え方。

日本の「モノ作り」の精神を上手く利用できれば環境性能に優れたディーゼルエンジンや低燃費ターボエンジンの開発で世界をリードできたハズなのに、政治力や購買層の頭の悪さで遅れを取ったのは間違いない。

ただ「世界初の量産型ハイブリッド(トヨタ・プリウス)」「世界初の量産型EV(日産・リーフ)」という技術力はあるが、それは単に「世界初の量産型」の称号が欲したかっただけ。

大体、今の日本車のデザインには限界が見て取れる。燃費向上のために空気抵抗を減らしたいのはわかるが、どれもこれもヘンテコリンな形ばかり。リーフなんて、あんな形で普通のレシプロエンジンだったら、誰も見向きもしないョ。

悲しいかな、やはり自動車先進国はヨーロッパだナ。日本は後進国。技術力だけなら争えるのだけど、それを育む土壌がイマイチ。

そう言った意味では、確かにスーパーカーはデザイン、コンセプト、性能など様々な魅力的要素が詰め込まれた「夢のクルマ」だった。ついでに価格も夢のまた夢・・・

ま~・・・高級スポーツカー14台が鉄クズと化したワケだが、そんなんでヘコタレないほどの財力・精神力を持っているのが本物のセレブリティーという人達なんでしょうナ。「クルマ1台、潰しちゃった。エヘヘ・・・お父ちゃんに叱られちゃう!」ってのが、本物です。

多分、あの人達の多くは、人生を賭けての一世一代の一台だったハズ。死者が出なかったのは幸いだったが、「よっぽどのコトならオレはフェラーリと一緒に散りたかった!」と思っている人も居たかもしんない。

人の不幸を笑いたくはない。同情はするが、同乗はしたくないし。心の中で「モッタイナイ」という気持ちと、そのすぐ横で「ザマミロ!」という気持ちがニアミスしています。

しかし何でだろう・・・クルマの話題になると、文章が長くなるのは・・・

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[ 2011/12/08 22:24 ] 社会の小窓 | TB(0) | CM(0)

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