高田渡と私

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今日4/16はアタクシが最も“多大なる悪影響を受けた”フォークシンガー・高田渡さんの命日です。

昔から“10年ひと昔”とは申しまして、もう亡くなって10年か・・・と感じると同時に、存命の時分から「あれ?まだ生きてたっけ?」という扱いでしたから、何だか今も生きているようで、かなり昔に死んでいたような感覚だったりもします。

故郷を離れ札幌へ移り住んだ翌年、江別と札幌の2日連続ライブへお邪魔しました。特に江別・大麻でのライブが印象的です。

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当時は札幌でも西区のさらに西に位置する手稲という土地に住んでおりました。ふと見掛けた新聞記事でライブがあることを知り、コイツは何としてでも行くしかない!と札幌の東のハズレ・江別出掛けたワケです。

当然、渡さんの音楽をシラフで聴くつもりなど毛頭もありません。ライブがハネた後でも帰れる時間だろうと、JRで大麻へ向かいました。

ちょっと早めに会場入り。初めて生で観る渡さん・・・良い席でギターテクをガンガン盗んでやろう!と前の席に陣取りました。

やがて会場はお客様で膨れ上がり、お目当ての登場を今か今かと待ちわびております。そこへしばらくすると、やたら猫背で白髪だらけの爺さんが客席の間を、グラスを持った状態でヨボヨボと歩いていきます。

遠慮もなくそのままステージへ行こうとする。なんだこのジジイは!厚かましいにもほどがある!

ふと振り返ると、その人が高田渡なんです。

ギターを抱え、目の前に譜面を置いて、グラスの酒を一口・・・あのう・・・譜面が邪魔でギターが見えないんですが・・・

それからはもう夢見心地・・・大好きなフォークシンガーがちゃんと動いている!生きている!というソレだけで大満足。

そんなこんなで2時間ほどのライブが終わり、明日に備えて帰ろうかと思っていたらお店の方から悪魔のささやきが・・・

「打上げは参加費2000円です」

若気の至りとは本当に恐ろしいモノで・・・これを逃せば高田渡と一緒に酒が呑むなんて二度とできない!と思い立ち(実際、二度目は無かった)、帰るアテなど考えず(タクシー代はギリギリありそうかな?)、しかも翌日はバイト先の健康診断なのに、打上げ参加即決!

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憧れの存在が席を挟んだ向かいでおでんを食べながら呑んでいます。周りの方々と談笑したりしているうちに眠そうに頬杖を突き、やがて眠ってしまった・・・

ハイ!頂きました!アタクシの目の前で眠る高田渡!

とにかくド緊張しまくっていて全然喋れず(若かったなァ・・・)、時間は2時ぐらいになっただろうか。さすがにおいとましようとお店の方に告げると、渡さんが目を覚まし「帰っちゃうの?」と寂しそうにつぶやいた。

「すみません。明日、健康診断なんで・・・」

「ああ・・・検尿は水で薄めれば大丈夫だョ」

これが、アタクシが渡さんと交わした、最初で最後の会話です。

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渡さん自身は毎年のように北海道へ唄いには来ていたのだが、ちょうどアタクシはお金があっても忙しかったり、暇だったらお金が無かったりと、全然ライブへ出掛けるタイミングを逃してばかりで、まあそれでもそのうちまたお会いできる機会はあるだろうとのんきに構えていたのだけど、10年前の北海道ツアー中、白糠町で体調を崩し救急搬送、運ばれた先の釧路市で亡くなってしまいました。

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ちょっと長くなりましたが、そんな想い出話でした。

ちなみに最初の画像はそのライブ会場で購入しサインしていただいたCD「詩人・山之口貘をうたう」の裏ジャケです。このアルバム、佐渡山豊さんや大工哲弘さん、ふちがみとふなとなどなど(アタクシの中ではかなり)豪華なメンバーが参加しているので、生き残っているうちにサインを頂いていこうかと。

ええ・・・縁起でもないですね。

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没後10年・・・著作権切れるまであと40年か・・・いや、なんでもないです。

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あと、札幌へ移住した翌年にアタクシの年齢がいくつだったかは・・・時効ですので。

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[ 2015/04/16 21:05 ] 私生活の柄 | TB(0) | CM(0)

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