F1の「H」な話

まずはコチラ、Yahoo!ニュースより拝借。

ホンダがF1復帰を正式発表 2015年シーズンからマクラーレンと組み

ボクがF1に一番ハマっていたのは1990年代前半。日本はバブル景気真っ只中で、F1ブーム真っ只中。今では考えられないぐらい日本企業がレースに投資していた。代表格はエンジンを供給していたホンダ。他にもフットワーク、レイトンハウスといった企業はチームを所有していたし、スポンサーだったら田宮模型(ロータス)、富士フィルム(ジョーダン)、聖鬼魔Ⅱ(ブラバム)など、とにかく日本でお馴染みのネーミングがサーキットを賑わせていた時代である。

ちょっとマニアックな話なら、バイクで有名なヤマハがF1用エンジンを供給していたコトもあった。同じエンジンを積んだロードゴーイングカー(公道でも走れるクルマ)「OX99-11」なんてのも作ってみたり(市販には至らず)、結構真剣だった。

「バイク屋がF1に?」とも思うが、トヨタのスポーツエンジンは昔からヤマハが共同開発しているのでそう考えれば不思議はない。

60年代にF1挑戦に乗り出したホンダだが、当時の主力製品はスーパーカブ。せいぜい軽トラぐらいしか四輪車なんて作っていない。まさに「町のバイク屋」がいきなり「四輪レースの最高峰」に殴り込みするという暴挙・・・宗一郎さん、ご乱心か?

いやいや、そんな「バイク屋あがり」のF1チームが、参戦した翌年に優勝しちゃう。宗一郎サン、大喜び。

その後一旦は撤退するが、80年代に入りエンジンサプライヤーとして再参戦。その頃F1界はターボエンジン花盛り。ここでも「バイク屋あがり」の技術魂に火が付いたのか、ターボエンジンを搭載した市販車がないにもかかわらず(レジェンドやシティにターボが出るのはその後)F1用にだけターボを開発。これがまた速いのナンの・・・

当時のウィリアムズ・ホンダの画像を見ると、フロントノーズが他車に比べて明らかに太く、ずんぐりむっくり。本来なら空気抵抗を減らすためになるべく細くさせたいところなのだが、所属ドライバーがナイジェル・マンセルという絵に描いたようなずんぐりむっくり体型だったのでこうせざるを得なかったらしい。同時にドライバー自身の体重が重いというコトはそれだけ速度もコーナーリングも不利になるワケだが・・・

それを補って余るターボパワーで席巻、コンストラクターズとドライバー、どちらもチャンピオンになっている(ドライバーでチャンピオンになったのはマンセルの同僚、ネルソン・ピケの方だけどネ・・・)

ターボエンジンが禁止され、今度はV10、V12エンジンの時代になる。そこでもホンダの技術魂は衰えを知らず、あのF1ブーム最盛期を盛り上げたマルボロカラーのマクラーレンや、日本人初のレギュラードライバー・中島悟が属するティレルに供給。セナ、プロスト、ベルガーなど往年の名ドライバーのお蔭で幾つものタイトルを獲得。

2000年代は不遇の時代。自社チームで1勝は上げているが、かつての実力は発揮できず、業績悪化で2008年に撤退。

そして再来年、「F1のホンダ」が復活する。

マクラーレン、と言われればどうしても80年代後半から90年代にかけての「セナ・プロ黄金期」の活躍を思い出してしまうが、実は来期からエンジンのレギュレーションが変更され、88年以来禁止されていたターボエンジンが解禁される。そうなればむしろ、80年代中盤の「ずんぐりむっくりウィリアムズ」に搭載された「ターボにモノ言わせてドッカーン!」なエンジンの復活に期待したい。

甚だ長くなってしまいましたが、ちょいと久しぶりにF1で明るい話題があったので思いのたけを・・・


あ、そうそう。F1ブームの頃、スバルも水平対向12気筒エンジンをコローニっていう超弱小チームに何戦か供給していたけど、全くお話にならなかったのを思い出した。

ラリーで名声を挙げたスバルにとっては「忘れてほしい過去」なのかもしんないけどネ・・・

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[ 2013/05/16 23:18 ] 童心スポーツ | TB(0) | CM(0)

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